日本で暮らす「デカセギ」たちの様子を捉えた写真展『山田真実が見た日本の中のブラジル人─ブラジリアンタウン 群馬県大泉町の群像─』(主催/サンパウロ新聞社、協力/山田真実、後援/ブラジル日本移民百周年記念協会、ブラジル日本文化福祉協会、協賛/レアル銀行、フジフィルム・ド・ブラジル)が十二から二十一日まで、移民百周年記念事業としてブラジル日系美術館(文協ビル一階)で開催される。ここで展示される八十点の作品は、日本の出版大手(株)文藝春秋の写真部に所属するカメラマン、山田真実さん(三〇、東京都在住、鳥取県出身)が二〇〇四年から、仕事の合間を縫って撮りためてきたもので、ブラジルを離れて日本で暮らす「デカセギ」たちの日常風景を山田さんのレンズを通して伝えてくれる。
12日〜21日文協美術館で ブラジルタウン大泉町・80点を展示
山田さんと在日ブラジル人たちとの出会いは、東京の繁華街・六本木でのことだった。群馬や浜松から集まってきたブラジル人の集団が「さすがに(外国人の多い)六本木でもあれだけの人数は集まらないだろうというほど大勢集まって騒ぎまくっていた」姿に強烈な衝撃を受けたと振り返る。
その後調べてみると、日本には約三十万人ものブラジル人が生活しており、東京や大阪などの都心部ではなく地方の工場地帯に沿って居住していることが分かった。そしてさらに調べるうちに、群馬県大泉町という人口四万人ほどの町が「ブラジルタウン」と呼ばれ、多くの日系ブラジル人が生活していることを知った。
「どんな場所で働き、どんな暮らしをしているのか」──。彼らに興味を持った山田さんは二〇〇四年春、観光をするような軽い気持ちで「ブラジルタウン」へと足を運ぶ。そして、そこに暮らすブラジル人たちが「まるでブラジルにいるかのように暮らしている」姿に圧倒され、彼らの日常生活を切り撮ろうと決意。以後、週末などを利用して「ブラジルタウン」を撮り続けている。
この町に住むブラジル人の印象について山田さんは「多くの人は保守的でブラジルが大好き。あまり日本の文化や日本人に興味が無いように見える」と話し、日本人との間に壁を作っているようにも感じると言う。しかし「その壁を越えるととても明るく、ひょうきんで人なつっこい人たち」とも。
撮影カット数、被写体数ともに「分かりません…」という山田さんだが、四年間に及ぶその記録は数もさることながら、時間の経過とともに山田さんが「デカセギ」たちの壁を越え、受け入れられ、被写体との距離が縮むことで彼らの本当の日常に迫っていることがよく分かる秀逸な作品となっている。
ブラジルで写真展を開催するにあたり、山田さんは「日系人はもちろん、日本とは関わりがない人たちにも見てもらいたい。ブラジルから遠く離れた日本という国にこんな町があり、多くのブラジル人たちがブラジルを思いながら暮らしていることを知ってもらえたら」と話す。
山田真実(三〇)。一九七八年六月生まれ、鳥取県出身。高校生時の一九九〇年代、日本は「ガールズフォト全盛期」と呼ばれる時代で、ヒロミックスなどの女性写真家らがコンパクトカメラで撮影した写真が話題を集めており、それらの現象に少なからず影響を受け、自身もコンパクトカメラで写真を撮り始める。後に、地元出身で世界的にも名が通っている二人の写真家との出会いを経て一九九八年、大阪芸術大学写真学科へ進む。二〇〇二年からは(株)文藝春秋・写真部所属の契約カメラマン。「写真でご飯を食べていくことの難しさと、写真家ではなく技術者としてのカメラマンというもの」を学んでいる。
写真:振袖姿で成人式に参加するブラジレイラ
2008年12月5日付
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