沖縄県系人による第二回笠戸丸移民子弟の集いが、九日午後二時から沖縄県人会(与儀昭和雄会長)の本部会館で開催された。今回の集いは、移民百周年を記念に県庁から贈られた「手まり」の贈呈と少し早い忘年会を兼ねたもので、約五十人が一同に会した。
集いでは、子弟代表の与那嶺ルーベンス氏が、去る七月二十六日に第一回集いが開催されたことに触れ、子弟同士の交流と継続を目的に、今後も何かあるごとに集まることの重要性を強調した。
与儀会長はあいさつで、県庁から贈られた手まりの意味を説明。その上で「次の百年に向けて、子弟の交流を通じて一世の思いを温めていってもらいたい」と期待感を込めた。
移民百周年を振り返るDVDの上映の後、笠戸丸移民だった故・宮城伊八氏が日本から持ち込んだ「三線(サンシン)」を使用して、「かぎやで風」「祝い節」などの琉球民謡の演奏が行われた。父の形見として、三線を大切に保管してきた伊八氏の三男にあたる宮城清信さん(七二、二世)も満足そうな笑顔を見せていた。
各家族代表者にひとりずつ手まりが手渡され、
記念撮影の後、忘年会となり、国吉次郎氏が「サウーデ、万歳、カリー(沖縄方言で乾杯の意)」と乾杯の音頭をとった。
なお、伊八氏の三線は、琉球放送(RBC)が主催する紅白歌合戦収録のために訪日する琉球民謡演奏者の仲村善正さんが、清信氏と沖縄県人会の許可を得て、一世紀ぶりに日本に持って行くという。
写真:手まりを贈られ笑顔を見せる各家族代表たち
2008年11月22日付け
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