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ここに逞しき『ハポネス』ありE
プレインカの染色に魅了され 民芸品店経営の早内香苗さん



 古代プレインカ時代から三千年の時を経て、アンデス地方の染物を現代の世に再現させたのは、リマ市内で日本人向け民芸品店「ポコ・ア・ポコ」と民宿を切り盛りする早内香苗さん(六〇、静岡県出身)。

 かつては日本の人気テレビ番組「徹子の部屋」で香苗さんの自然染料染めが紹介されたこともあり、また、大のペルーファンとして知られる演歌歌手の八代亜紀さんも彼女に魅了される一人である。

 年間に一万人以上の日本人客が訪れるというポコ・ア・ポコへ行くと、香苗さんは「忙しくて寝る暇がない」といつも屋内をどたばたしている。

 女子美短大を卒業して間もない一九七一年、香苗さんはペルーの大手スポーツ用品店に勤務していた早内威雄さん(島根県出身)と結ばれて同国へと渡り、リマの旧市街でミシン刺繍の仕事をはじめた。

 この頃からすでに商才があったようで、開業間もない七二年のミュンヘン・オリンピックと、七四年W杯西ドイツ大会へ出場したペルー人選手のユニフォームをそれぞれ手掛けた。

 その後、「ペルーの古代文明に携わる仕事をしたい」と夢見ていた折に、リマ市の天野博物館に展示してある古代プレインカ時代の染物を見て衝撃を受けた。

 三千年もの昔に染められた織物だが、色が鮮明な状態で保存されており、かつ色彩豊かだったからだ。

 「プレインカの素晴らしい染色品が歴史上から途絶えてしまったことを知り、残念に思った」という香苗さんは、当時ナスカの地上絵を研究していたマリア・ライヒ女史らに憧れていたこともあり、自らの手でプレインカ時代の染物を再現させようと決意した。

 アンデスの山奥に入り、インディオから話を聞いては染料となる草木を採集して染めてみるといった試行錯誤を繰り返しながら、自然染料染めは徐々に完成していった。

 だが、素材であるアルパカの毛が染まらない。また研究に研究を重ねる中で山岳高地では沸点が低いことに気付き、低地に場所を移して再び染めてみた。こうして古代の自然染料染めが現代に蘇った。

 しかし、せっかく再現した自然染料染めを続けていくためには店を構えなければならない。そこで三十年前、夫とともに「ポコ・ア・ポコ」を設立し、アルパカのセーターなど染色品の輸出をはじめた。香苗さんはペルーの民芸品を世界へと広めたパイオニアになった。

 八九年にはペルー生まれの子供ふたりを日系人学校に通わせるため、同校があるラ・ウニオン付近に自宅と店を新築した。子煩悩な母親だが、九四年に悲劇が襲った。

 次男の昇希くん(当時十三歳)が打ち上げ花火の事故に遭い、脳に重度の損傷を受けた。現在も看護士が二十四時間付ききりで、寝たきりの昇希くんを介護している。

 「この子がいるからこそ私は頑張れる。必ずいつの日にか治してあげたい。もう一度、昇希が『お母さん』と声を掛けてくれる日まで私は走り続けます」と、額に汗をにじませて深夜まで懸命に働く香苗さん。

 そんな不運に見舞われたが、夫の威雄さんと長男の大希さん(三五)がしっかりと香苗さんを支えているお陰で、ポコ・ア・ポコは常に日本人旅行者の笑顔が絶えない場として繁盛を続けている。

 家庭的な民宿も好評で、毎晩のようにウニやヒラメなどペルーの幸が振舞われ、香苗さん手作りの納豆やさつま揚げに旅行者は舌鼓を打つ。

 「料理の腕だって一流よ」と微笑む香苗さんは、とてもバイタリティ溢れる母親だった。

(つづく、吉永拓哉記者)



写真:ポコ・ア・ポコの店内で香苗さん



2008年10月30日付
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