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米日系人に根強い仏教 迫害差別が寺院を心の避難所に 米日系社会宗教研究家 田中ケネス教授来聖
 「ブラジルとは違い、アメリカ日系社会の仏教信仰は根強い」―。浄土真宗を中心とした、アメリカにおける日系宗教を研究する田中ケネス武蔵野大学教授(六〇)が、宗教関連国際シンポジウムのためにこのほど来伯し、アメリカにおける仏教や日系社会との関わりについて講演した。その田中教授に、米日系社会の宗教事情について聞いてみた。



米日系社会の仏教徒50%も 大きい『仏教会』の役割と影響



 ブラジルでは、一九五八年と八八年の日系人実態調査において信仰についての調査が行なわれた。二度の調査で明らかになった日系宗教信仰者の割合は、五八年で四五%、八八年は二五%というものだった。三十年間で大幅な減少が見られることから、現在は数値がさらに減退していると推し量られる。

 翻ってアメリカの日系社会では、「第二次世界大戦中は約六割、今日でも半数程度」が日系宗教(主に仏教)を信仰しているという。キリスト教については、ブラジルの約六割(カトリック、八八年調査)に対して米国は、「日系人にキリスト教徒はあまりいない」という。日系社会でも、国によって随分事情が違うようだ。

 ブラジルでは戦後、社会的地位の確立やホスト社会への融合を目指して、永住を決意した多くの日本移民がカトリックに改宗した。しかし、アメリカの日系社会ではそれは起こらなかった。なぜか。田中教授は「受入国、アメリカの社会構造が致命的な原因」だと説明する。

 第二次世界大戦下のアメリカで、敵性国民となった日本移民が強制的に収容所に送られるなどの冷遇を受けたのは周知の通り。それ以前にも、一九二四年の移民法改正で排斥の対象となるなど、日本移民は必ずしも温かく迎え入れられたわけではなかった。こうした背景にはもちろん、人種差別という伝統的なアメリカの社会構造が存在することは否めない。

 このような社会で、日本移民は否応なくセグリゲーション(人種差別などによる分離)の立場をとり、日系社会というシェルターを築いて自己防衛に努めてきた。その中で、「仏教会」と呼ばれる仏教寺院は大きな役割を果たしてきた、と田中教授は見る。

 現在、カリフォルニア州を中心に約六十の仏教寺院が存在する。これらの寺院は、「米社会に受け入れてもらいたくとも受け入れてもらえない」日本移民や日系二世のニーズに応える機関として機能してきた。寺院での宗教活動や行事を通して、米国日系人は日系人としてのアイデンティティを築いてきたとし、それは今でも続いているという。

 例えば、キリスト教の日曜学校にあたる「ダーマ・スクール(仏教寺院が運営する学校)」の保護者たちは、仏教の教え以外に、「日本文化との接触」や「同年代の日系子弟たちとの交流」を期待して子どもたちを通わせる。しかしこれは、日系社会だけではなく他民族も同様だというので、セグリゲーション傾向が強い米国ならではの特徴とも言える。

 ブラジルでも流行の仏教は、アメリカでも一九六〇年代以降、盛んに信仰されている。十九世紀末に日本移民が持ち込んだ仏教は現在、米国人口の約一%にあたる三百万人、「強く影響を受けた人」も入れると二千五百万人(全人口比一二%)が信仰しているという。

 これについて田中教授は、「米社会が寛容になったから」と見ている。強硬な同化政策を強いてきた米国が、異文化・多様性を尊重する柔軟な社会に脱却した、とも見て取れる。また、仏教の持つ「平和」「無差別」といったイメージや、瞑想や読経といった体験的理解からも大衆に広く受け入れられている。

 米国における仏教は、学術分野としても確立されつつある。田中教授は「ブラジルのことはあまりわからないが」と前置きした上で、「米国における日系人の信仰」を紹介した。このような例は、これまであまり進んでいない日系社会の比較研究に一石を投じ、日本移民史や日系社会を考察する際のとっかかりともなるだろう。

■田中ケネス教授=日系二世の母、日本人の父を持つ日本生まれ。祖父はハワイ移民。第二次世界大戦を前に一旦日本に引き揚げた一家は、戦後カリフォルニア州に再渡米。教授は十歳から大学まで米国で教育を受け、その後、日本と米国で大学院修士・博士号を取得。現在は、武蔵野大学(東京都)教授、同大学仏教文化研究所所長。



写真:「米日系社会において仏教徒は多い」と田中教授



2008年8月29日付



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